わが町の神社・寺院

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●吉田春日神社 ●津原神社 ●鴨高田神社 ●瓢箪山稲荷神社
●長栄寺 ●往生院六萬寺


●長 榮 寺
(東大阪市高井田元町)

●長 榮 寺

 永和駅の北へ歩いて2〜3分の所に『百済山  長榮寺』があります。
 聖徳太子の創建の寺と伝えられています。

   くだらさん チョウエイジ
    百済山  長榮寺   

【宗 派】  新 真 言 宗   総 本 山
【別 名】  高 井 田 寺 /長栄律寺
【開 山】  慈 雲 尊 者
【開 基】  聖 徳 太 子
【住 所】  〒577-0054 大阪府東大阪市高井田元町1-11-1

【由 緒】
長榮寺は慈雲尊者全集によれば”河州高井田村百済山西之坊 長榮寺”と称し、聖徳太子建立、
初代百済国入法師、中興初代文職とあり、第10世・中興初代忍網貞紀和上とある。
この忍網貞紀和上はほかならぬ 慈雲尊者の剃髪の師であり、終生敬幕した名僧である。
この忍網貞紀和上 の次に第一一世、中興第二世として住したのが尊者であり、以後尊者の
高 弟やその弟子達が後を嗣いでいる。

長榮寺の現在の立派な本堂など は、尊者や高弟たちによって講えられた。
殊に境内にある雙龍庵の弾那台 は、尊者が長榮寺から生駒山中腹に隠栖した際に、坐禅や
梵学の研究に励 んだ記念すべき庵室で、尊者自身設計したものである。
その意匠の巧みさ は驚くべきもので、修道者の庵室として建築史上注目すべきものであろう。


(長栄寺のページより抜粋)


岩瀧山 往生院六萬寺
(東大阪市六万寺町)

駅前商店街の通りを南に1qほど行くと六万寺東の交差点があります。
左折して住宅街の細い道を山手の方に登ると東大阪市内を
見下ろせる高台に『往生院』があります。

●往生院六万寺ホームページ

後村上天皇正平3年(1348年)に至り建武の中興も空しく、南北朝抗争の時、
楠木正成の息子、正行は父の意思を継ぎ、北朝側と戦う。

最後の、四条縄手合戦に際し、その本陣がここ往生院であった 兄弟共々討ち死にせられ、
大日本史によれば、その遺骸をここに葬ると記されている。
現在往生院西南の境内にあり、左五輪正行、右の石碑は供養等である。

正行戦没後は、往生院伽藍はは兵火に焼けその後、後光明天皇が、
承応3年、鷹司信房名刹の荒廃を嘆き再興して、時の幕府も朱印117石を
寄進して明治に至る。



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